Heat Valentine's

 

 

 

 

 

 

 


 陽光煌めく澄んだ青色、時たま流れる雲と過ぎ去っていく風が、
二つと無い絵を描いていく。
  海は穏やかで巨大な船を優しく抱えているようにも思えた、そん
なゆったりした日
 
  ガシャーーーン!!
 
  不釣り合いな音が響き
 
  ジューーーーーー!!
 
  黒煙が青を塗りつぶし
 
  キャーーーーー!!
 
  女の悲鳴がゆったりとした時を切り裂く。
 
 
 
「どうしたよい!?」
 
  異変に気付いたマルコがいち早く黒煙を吐きだしている厨房へと
駆け寄ると、何かが焦げついた匂いが鼻をつき、目には調理器具が
散乱している様子と、額に片手を当てながらサッチは何か考えてい
る、といよりも悩んでいる仕草に近い姿、その側にはアンが普段の
活発な姿とは対照的に縮こまっているように立っているのが見えた。
 
「これは一体……何事だよい?」

「見ての通り。」

 軽く溜息を吐きながらサッチは苦笑気味にこたえ、隣にいるアン
も無理に笑顔を作ろうと笑うが……笑える状況では無い。

「ハハ……失敗しちゃった……」

 確かに厨房で失敗するといったら料理しかないだろうが、包丁す
らまともに握ったことの無いアンが何を思っていきなり……
  ゆっくりとその何らかの料理の残骸へ近づいた瞬間、焦げ臭さの
中に仄かな甘い香りが漂っている事に気がついた。
 
「……チョコレートかよい?……」

「正解。」

 サッチがおどけたように両肩を軽くすくめて、辺りに散らばった
調理器具を拾い……もとい片付けて行く。
 
「それにしてもアン……なんでまた急にチョコレート何か作り
出してるんだよい……?」
 
「あ?マルコ、お前今日が何か知らねぇ」
 
「アーーーン!何してんだテメェ!!」

 サッチの言葉の途中、壊れんばかりの勢いで厨房の扉が開かれ、
さらにそれ以上の大声を上げながらエースが今にも爆炎を吹き上げ
そうな怒気を放ちながらやってきた。
 
「ろくに料理もしたことのないお前が!オヤジの大事な船をぶっ壊
す気か!?」

「そんなわけないでしょ!?エースこそ、厨房の扉壊そうとすんな
よ!!」

 さっきまで小さくなっていたアンだが、エースの言葉に触発され
たのか、エースもアンの言葉に苛立ちお互いの身体が炎を纏う。
 
「「バカが!!」」

 だがすぐさまマルコが覇気を使ってエースの頭を殴り、サッチは
水樽から桶一杯の水をアンに浴びせ、二人の炎を消化した。
 
「少しは落ちつくんだよい。」

 エースは頭をさすりながら、アンはタオルで顔を拭いている
が……不満があるのはお互いの顔を見れば分かる。
 
      同じ顔でむくれやがって
 
「じゃあサッチ、とりあえずよろしく頼むよい。ほらエースいくよ
い。」

「わかってるよマルコ、次はこうならないから安心してくれ。さぁ
アン、最初からだ。」

 一瞬エースとアンの視線がぶつかったのか
 
「「フン!!」」

 鼻息まで同じタイミングかよい
 
 
 
 
 
  アンは少しだけ肩を落としながら、汚れた調理器具を洗っている。
自分でも料理が出来ない事はわかっていた。それでも彼女達から聞
いて教えられたこの日に、何故か無性に作らなければならないっと
思ったのだが……ここまで上手くいかないとは思ってもいなかった。
 
「大丈夫だアン、材料はあるし、まだ昼前だからな。」

 ポンと肩を軽く叩かれたことで、落ち込んだ気持ちに喝が入り
、劣情を吹き飛ばし情熱へと変えていく。
 
「よっし!次はしっかり作ってやる!お願いねサッチ!」

「おう!まかせておけ!!」

   真っすぐな所も似てるわ
     
     
     
 エースは苛立ちを隠すことになく、大きく足踏みをしながら、厨
房からデッキへと上がってきた。そこには様子を見に来た他のク
ルー達がつめかけていて、皆口々にどうした?なにがあった?っと
聞いてくるが……今は何故か答える気がしなかった。
 
「皆大丈夫だ、ちょいとアンが料理に失敗しただけだよい。」

 変わりにマルコが伝えてくれたが、その内容に皆が一同に驚き、
またすぐに俺にその理由を聞こうとやってくるが、俺だってなん
で作っているのか知らないのだから、答えようがない。
  苛立ちを露わにしながら、自然と足が向かう先は一つしかない。
 
「グララララ、あのジャジャ馬娘ももようやく厨房へ入ったか。」

「オヤジ、止めなくていいのかよ?このままじゃ船ごと爆発しちま
うぜ。」

 いつものように大きくどっしりと構えていたオヤジは、酒樽の変
わりに小さく黒い物を次々と口に含んでいた。
 
「何食べてるんだオヤジ?」

「ん?こいつはさっき看護師の連中から貰ったもんでな。ったく身
体に障るといって甘さ控えめだとぬかしやがった。お?こいつは酒
入りか?グララララララ。」

 オヤジが一体何をいっているのかさっぱりわからなかった。食べ
ている物も見当がつかないので側に寄ってみると。
 
「チョコレート?」

「グララ、そうだ知らないわけじゃあるめぇ。」

「それは知ってるけど、なんでまた今日なんだよ。」

「それはお前……」

 ドーーーーーーン!!
 
 再び聞こえた爆発音の方を振りむくと、また厨房の換気口からも
うもうと黒い煙が船外へ這い出ていた。
 
「アンの奴!」

「エース!行くんじゃねぇ!」

 駆け出そうとした瞬間、オヤジの声が響き急停止した。

「なんでだよオヤジ!このままじゃ……」

「いいかエース、アンはようやく女として一歩を進もうとしてるん
だ。それをお前が邪魔をしちゃいけねぇ。」

 大きな優しさがアンを包んで、俺自身にも向けられた言葉に胸が
熱くなる。

「……わかったよオヤジ……俺は黙って待つとするよ。」

「グララララ!いい判断だ!。」

 また一つチョコレートを食べながら、白ひげは昨夜の事を思い返
していた……それはアンが料理を作りたいと言いだして、厨房に何
かあったら責任をとるので、自分が納得できるまで使わせて欲しい
とお願いをしに来ていたことである。

   グララ 頑固な所も似やがって
     
     
     


 日が傾き、青の色から燈へと変わる頃、それまでいくつもの黒煙
が上がったか数えていた者は……いないかもしれない。が変わりに
白煙と良い匂いが船体を包みだした頃。
 
「出来たーーーーーーーー!!」

 厨房の方からアンの歓喜の声が響き、手には大きなトレイを持っ
て、顔についた汚れも可愛らしく見える程、満足そうな笑みを浮かべている。
 そのまま、颯爽と野次馬のクルー達をかわして、オヤジの前へ駆
け寄っていく。周りには先程のクルー達も集まって何事が起きたの
かと続々と集まってきた。
 
「さぁ!オヤジ食べてくれよ!アタシが初めて作ったチョコレート
だ!」

「グラララ、貰おうじゃねぇか。」

 白ひげはその大きな手と指を器用に使い、一粒のチョコレートを
摘まみあげると、まるで美しい宝石を眺めるようにじっくりと観賞
して、慈しむようにゆっくりと口へと運んでいった。
 
「どうだい?……オヤジ?……」

 不安が入り混じった声と、心配そうな瞳が一つの言葉を切なそう
に待っている。それを察したのか他のクルー達も、騒ぎ立てる事無
く、白ひげの声に耳を傾けていた。
  白ひげは顔に笑みを宿しながら、その大きな手を小さなアンの頭
にそっと乗せた。

「グララララ……美味いぜぇアン……最高にな!」

 その言葉を聞くとアンは素晴らしい笑顔を見せ、今にも激しく飛
び上がりそうになるの必死に堪えているようで、全身が震えていた。
 そうして周りにいるクルー達全員に聞こえるように高らかに声を
張り上げた。
 
「さぁ皆も食べてくれ!一人一個だぞ!!」

 まるで勝鬨を上げたような歓声が大海原に響き渡り、船の上では
アンが初めて作ったと言うチョコレートを皆興味津々としながら、
順番に食べていく。
  口々に美味い美味いと騒ぎたてる中で、アンは一人一個!と怒り
ながらも、その顔は満足に満ちた女の子らしい顔をしていた。

「ほら野郎共!ついでに夕飯の時間だぁ!」

 サッチは両手に余るほどの大皿を器用に運びながら、デッキへと
やってきた。料理の数々はいつもよりも豪華に見える。
  サッチ自身も料理人として、弟子が美味く作れたのが嬉しいのだ
ろう。

「さぁ皆でお祝いだよい!」

「待て!?何のお祝いなんだよ、マルコ!?」

   カンパーーーーーーーーイ!!!!!
     
 マルコの言った事にツッコミを入れるアンの言葉など掻き消され
るように大きな歓声が上がると、船上は一気に宴会の様相となって
しまった。
  賑やかに酒宴が進むなかで、繰り返される乾杯!の歓声の中心に
は必ずアンがいた。褒められてるのかけなされているのかはわから
ないが、常に太陽のような笑顔がそこにはあった。
  そんな歓喜の宴から外れるように、エースは一人憮然としながら
座ってその光景を眺めていた。
 
 
 
「どうしたよいエース、お前も食べたんだろう?一言言ってやれば
いいだろうよい?」

 酒を片手にマルコはドッカとエースの前に座り、トクトクと杯に
酒を注いでいく。
 
「しかし、ほんと良く作れたもんだ。先生が良いとも言えるけ
どよい。」

 言いながら注いだ酒をグイっと流し込み、ジッとエースの顔を覗
きこむ。
 
「……ってねぇ……」

「ん?何だって?聞こえないよい?」

「だから……俺は食ってねぇんだ!」

 そう言いながらエースは勢いよく立ちあがり、モビーディック号
の先端の方へと走って行った。
 
「意地悪だねぇマルコも。」

 隠れていたわけではないが、サッチが物陰からひょいっと出てき
て、足元に座るマルコを眺めていた。
 
「見たかよい?エースの顔。全く面白い奴だよい。」

 上機嫌に笑いだすマルコの言葉にサッチも釣られて笑ってしまう。
エースの気持ちが分からない二人ではない、そしてアンの気持ちも
分かっている。
  だからこそマルコはエースに意地悪をして、サッチは厨房が使い
物にならなく危険があってもアンの手伝いをした。
  その結果、マルコとサッチは、まるで上等な酒の肴をつまみなが
ら呑んでいるような幸福感に浸りながら、とてもとても……楽しい
酒を呑んでいった。
 
 
 
 夜の帳が降りた空には小さく明るい星が一面に広がり、太陽の強
い明りの変わりに、月が優しく水面を照らして、夜風がフワリと昂
りそうな感情を少しだけ冷えさせてくれていた。
  エースはモビーディック号の頭の上で一人大の字に寝転がり、夜
の世界をぼうっと眺めていた。
 
「こんな所にいた、どんだけ探しまわったと思ってんのよ、このバ
カ!」

 声だけでアンだとわかったが、顔を向けることすらせず、口から
は苦々しい気持ちを吐くような言葉しか出ない。
 
「ウルセェ!ほっとけバカ!」

「エーーースーーー……!?」

 いつもよりも低い声に怒気と恨みが混じっているのを感じて、少
し言い過ぎたとも思ったが……知ったことではない。
  ふんっと鼻息荒く吐いた瞬間、目の前の月が隠れるほど大きな雲
が……いや靴の底が眼前にあった。
  遠慮無く振り降ろされた足を咄嗟の反応でかわすが、次々と追撃
となる鉄槌が襲ってくる!
  素早く逃れようと身体を横に回転を続け、腹ばいになった瞬間、
両腕に力を込めて、上体を一気に跳ね起こす。そして、アンの姿を
確認するよりも先に声が出た。
 
「何すんだ!ア……ン?」

 大きく響くはずだった声は小さく尻すぼみになってしまい、怒り
に溢れていた頭は、今や栓が抜かれたように気が抜けている。
 声の様子から、かなり怒っていると思っていたから、こちらも声
を張り上げようとしたのだが……その予想は見事に外れた。
  アンはいつもように真っすぐに人を見てはおらず、少し伏し目が
ちで、自信満々に広げている両手は後ろに組まれ、スラリと伸びた
足は少し交差ささせていた。全体的にいつもの様な力強さではなく、
まるで……女の子のよう自分の前に立っていた。
 
「あ……あのさ……エース?」

 声までもいつものように歯切れがよく、軽快では無い……いつも
のアンと様子が違うからか、ついつられて、こちらまで歯切れが悪
くなってしまう。
 
「な……んだよ?」

「その……チョコレート美味しかった?」

     たった一言だが胸に刺さる

「……食べてねぇ……」

     そこから、溢れてくる言葉は止まらない

「はぁ!?なんで!?あんなにあったのに!?ってか何で取りにこ
ないのよ!?」

     止めたくない

「煩せぇ!他のクルー蹴っ飛ばしてまで、食べにいったら恥ずかし
いだろうが!?」

     勢いのままに

「馬鹿でしょう!?一人一個っていったんだからちゃんあるに決
まってんじゃん!?」

     燃えあがる炎のように

「俺はお前が直接くれると思ったんだ!!」

「え?……」

「あ……」

 お互いの声が途切れた隙間に、船体に打ちつけらた波音が小さく
耳元に届く。さっきまで感じていた身体の熱さは熱源が変わり、胸
の内から全身を火照らせ、心地よい夜風の冷たさなど無意味な程に
エースとアンの回りだけ陽炎が出来そうなほどに熱くなってなって
いた。
  互いに目線を外したまま、一秒が長く長く感じられる時を先に進
めたのはアンの方からだった。
 
「これ……あげる……」

 おずおずと後ろに回していた両手から差し出されたのは、炎のよ
うに真っ赤なリボンで口元が縛られた、オレンジ色の小さな包み。
 
「お……おう……ありがとう。」

 受け取ろうとした瞬間、目を伏せていたアンが顔を上げ、自分と
の視線が小さな包みの上で交わる。さっきオヤジに見せたような不
安が少し混じったような眼。その大きな瞳に月光の明りが差し込み、
不思議な光を携えて真っすぐに見つめてくる。
  その眼を見据えながら、小さな包みを、まるで弱い雛をそっと抱
き上げるように優しく持ちあげて、自分の胸の辺りに引き寄せた。
  そうして、真っ赤なリボンをするりと解き、オレンジの包を丁寧
に広げていく。
 
  月光に照らされた艶やかな褐色の菓子達
   
「なるべく……出来の良いものだけ入れておいた……」

 夜風が伝える匂いは甘い

「オヤジにも作ってないんだ……特別……だぞ?……」

 アンは恥ずかしそうに身を少しばかり捩りながら、普段の声とは
かけ離れた、とても弱い声で想いを伝えた。
  それに応えなければならないのだが……上手く言葉が出ない、た
だじっと手元にある小さなチョコレートを見続けるだけだった。
 
「ねぇ……食べて……見てよ……」

「あぁ……」

 単純な返事しかできない不甲斐無い自分に怒りを覚えたが、その
発散よりもアンが作ったビー玉サイズのチョコを一つ摘まみ、ポ
イっと口の中に放り入れた。
 
  カリっと小気味良い音が口から脳まで響かせ、
  フワリと香るカカオとラム酒の香りが鼻腔を楽しませる。
  ほど良い甘さが舌を喜ばせ、身体が甘さに幸せを感じていた。
 
  そうして、出た言葉は単純でありきたりなものだが、これ以上に
ぴったりなものはない。
 
「美味いじゃねぇか。」

「でしょ!」

 その言葉を聞いて、大人しかったアンはいつものように、明るく
空を照らす太陽のような笑顔を見せ、その笑顔にドクンと自分の胸
が高鳴り、さらに体温を上げていく。
  頭までも熱さにやられたように上手く思考出来ない中、素朴な疑
問が一つ口を吐いた。
 
「それで……なんで俺にだけ?」

「え?」

 聞いて当たり前と思った質問にアンの太陽は雲に隠れたように、
少し陰りを見せたが、すぐさま烈火の如く燃えあがる。


 
 人は怒りに燃えると言うらしい、だがアタシは本当に燃える事が
できる。
 さっきまでの春の日差しの様な温い気持ちは高ぶり、真夏の太陽
のように、心は熱く燃えている。
  突然の変わりように、エースは何事が起きたのかわかっていない
ようで、口を半開きにポカンとした眼でこちらを見ている……それ
がまた腹立たしい。
 
「本当に……あんたは……バカーーーー!」

 押し殺していた感情と怒号が爆裂し、すぐさま炎拳をエース目掛
けて放つ。闇夜を一筋の炎が直進し、エースは炎となって受け止め
ず、すぐさま身を翻してかわしている。
 
「いきなりなんだよ!」

     バカバカバカ

「ウッサイ!今日が何の日かも知らないの!?」

     バカバカバカバカバカ

「はぁ!?知るかそんなもん!」

     そりゃアタシ達は双子だ

「今日はヴァレンタインだ!」

     でも それがどおした!?

「だからそれがどうした!!」

     この     バカ

「好きな奴にチョコを上げる日だよ!」

     どうしようもないバカ

「だったらオヤジにあげればいいだろう!?」

     そうだけども

「あ”−−−も”−−−」

 どぉにも通じない事に、地団太を踏みならしながら、さらに炎を
強めていく。身を低くし、足に力を込めて、一直線にエースを見据
える。
 
「エーーーーースーーーーー!」

  脚力と炎に力でエース目掛けて突っ込む、エースは速さにかわす
こと事を諦めたのか、足腰に力を入れて踏ん張っているようだった。
  エース目掛けて火の玉となった身体を瞬時に解除、衝突と共に、
素早くエースの背中に手を回し逃げられないように拘束。そして、
真っすぐに顔を上げ、エースの瞳を見据える。

「アタシが一番好きなのはエースなんだってば!!」

          バカ

 

 

 アンの真っすぐな言葉に、エースは驚きのあまりに眼を見開いた
まま、言葉が出なかった。
  その変わり、急速に体温が上昇していく。それはアンも同じで、
冷たい夜風が髪を遊んで行く感覚はあるものの、お互いの熱で熱風
となっているだろう。
  触れあっている胸の奥からの心音が、とても大きく脳内に響き、
それを合図とするように、二人の距離がどんどんと縮まっていく。
 
  吐かれる息は炎のように熱気を帯びて
  吸われる空気も火のように熱い
  見つめる瞳は紅蓮に輝き
  近づくにつれて
  その炎が大きく見えてくる
  アンは静かに目を閉じて
  その時を待った
 
 
 
  そっと唇に触れられた感触
 
       甘い
 
「キスより甘いか?」

 甘い……そう文字通り甘い味に眼が見開くと、エースが悪戯っ子
のような笑顔で、チョコレートを一粒つまんで、アンの口へと押し
つけていた。

「甘い……て知るか!っていうか、あたしがあげたチョコじゃない
の!?」

 エースの右手には、小さな炎のように見える小包が、夜風に揺れ
て、本当ひ火が揺らめいているようみ見える。

「そう、だから俺の物だ。そして、俺もアンが好きだから、チョコ
を食べさせた。」

 そう言いながら、エースは包みから一粒チョコをつまみ上げ、ポ
イっと口の中へ投げ入れる。

「……な!?……」

 論理としては合って……いる。アンがエースにあげたのだから、
今チョコレートはエースの物だ。だが……
  様々な感情がアンの心や頭で渦を巻き、小さな種火を烈火に変え
ていく。言葉に出したいが、それも何故かできずに、両手と肩に力
が入ってしまう。 

「ははは、そう怒るなよ。」

 高笑いをしながらエースは自分よりも背の低いアンの頭にポンっ
と手を置いた。
 小馬鹿にされた気分になったアンは、胸に燃える炎を吐きださん
ばかりに息を吸いこみ、エースに向けて罵声を浴びせる……つもり
が……

「うるさ……!」

 火炎を吐きだす勢いで大きく開けた口に、エースの唇が触れた。
  爆裂の様な衝撃と、烈風に心と身体が焦がされる。
  触れている部分の温度が増していき、足元のモビーの頭が焦げる
匂いに気付いて、お互いの唇が離れていく。
 
 

「これで……同じ味になったろう?」

「……このバカ!!」

 不敵に笑って見せたエースの虚を突くように、今度はアンから
エースの唇に触れていた。

 互いの舌が炎のうねりのように絡み合い
 収まり切れない息が、蒸気となって噴出される
  空気という燃料が空になり、ゆっくりと唇を離していく。
  
「これで、本当に同じ味になったろう?」

 アンは、皮肉を込めてさっきのエースのマネをしてみせて、すぐ
にアハハと大きく笑って見せた。

「……バカやろう。」

 夜に現れた陰りの無い太陽を前にしてエースの身体は昂っていた。
普段なら、白ひげにマルコにサッチ、他の隊長達にクルーの皆に向
けられている笑顔が、今この時だけ自分に向けられている事が……
本当に嬉しかった。
 そうして、その光りに焼かれた心と燃える身体は一歩を踏み出し、
無意識の内に、優しくアンの小さな身体を抱きしめていた。

「好きだぜ……アン」

 しっかりと届いたその声に、アンは小さく頷いて、エースの広い
背中に手を回してそっと抱きしめた。
 
「アタシもだよ……エース」

 抱きしめあった二人の鼓動が、打ちつける波の音と重なる。
  燃えあがった炎は小さくなっていき、お互いの温もりが心地よい
程度にゆらゆらと揺らめいている。
 そこへ、まるで焚きつけるように吹いた一陣の風が、収まりかけ
ていた炎を静かに燃え上がらせると、三度二つの炎が交わり始めた。
 そして、一つの大きな大きな、愛の炎がエースとアンの中で確か
に生まれ煌めいている。
 
 
 
 

−−−−−−−−−− END −−−−−−−−−−−

 

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