Enpty Vessel


朝倉天子(あさくら てんこ)
夜野大子(やの ひろこ)
新城宙志(しんじょう ひろゆき)
古我雪乃(こが ゆきの)
先生  (先生)

     エピローグ

 どこの街でもある、どこにでもある病院のような施設。そこは、
外見の清楚さとは裏腹に、施設の内部では、とても外部には漏らせ
ないような、隠匿と凄惨な出来事が毎日のように生まれては消えて
いった……
 そんな中で生まれ拾われ育てられた彼女達は、何故自分達がこん
な場所で生を続けているのか、何故こんな事をしているのか、わ
かってはいない。

 ただ一つだけはっきりしている事は……命令には背けない……

 毎日が変わる事のない日々だった。陽のあたる時間には、施設内
部であらゆる事を学び実行し鍛え上げられてきた。
 闇が覆う時間には、施設の外へ出て学んだ事を躊躇せず実戦し教
えでは覚えられない何かを身体に染み込ませていく日々。
 
  そんな日常に突然終りが訪れた
 
  いつもの先生の他にもう一人男性が脇に立っていて、先生が言う
には、「彼」と一緒に住むと言うのだ。
 何の意味があるのか、わからないが……
 
  でも命令なら……
          従うだけ……

 「彼」の身長は自分達よりもはるかに大きく、おそらく180?中
頃といったところだろう。体型は細くも太くも無いが、その身体つ
きはしっかりとしており、背筋も真っすぐに伸びていた。
 少し長い前髪を垂らし、じっとこちらを見据える藍色を含んだ瞳
「……新城宙志……」
 体に似合わぬ小声で自分の名前をつげる彼は、何故か右手を差し
出してきた。
 その行為の意味は知ってはいるが、何故しなければならないのか
は、わからない。ただ自然と私達も左右片方ずつ手を差し出し、そ
の大きな手に触れると、それは思っていたよりも暖かい手で、少し
だけ震えていた。
 「彼」も少しだけ緊張をしていたのだろう。後ろで見ていた先生
が私達にも自己紹介をしろと促すが、何故だろう……一緒に住むか
らだろうか、などと考え、普段教える事も無い名前をそれぞれ告げ
た。

 「朝倉天子です。よろしくね宙志さん。」
 
  首元まで伸びた薄紫色の髪がサラサラと揺れ、その笑顔と楽しみ
を待っているように煌めいてる紫の瞳は、この暗い部屋には不釣り
合いな程明るい。

 「夜野大子……よろしく新城……」
 
  茶色い髪の長さは天子と同じくらいだが、サイドをツインテール
にしている分、ほどけばそれなりに長いだろう。
 彼をじっと見つめる朱色の瞳の奥に見える力強さが、この暗闇を
押しのけているように見えた。

 互いの挨拶を終え、「彼」が空いた左手を被せるように二人の手
の上に置き、少しだけ握りしめた。
 その瞬間、不思議な事に、三人の鼓動が同じタイミングで高鳴る
のを三人とも感じ、心音が連鎖していく。
 
   聞こえるはずがないのに
 
      はっきりと
 
     トクン トクン
       
    小さい二つの鼓動
       
           と
             
       大きい一つの鼓動
       
      トクン
           
     聞こえていた            


第一話


 私達は施設から出ると、彼の運転する車に乗り、十数分走ったと
ころで大きなマンションに着いた。
 私達の荷物はそれほど多くなかったので、彼が持とうと言ってく
れたが、大丈夫とだけ言い、それぞれ小さくまとめられた荷物を持
って、新城の後を付いて歩く。
 建物の中はとても広く、廊下や天井も施設より広く高かった。な
により、あの施設で感じていた独特の匂いや閉鎖的な感じがしない
だけでも私達には新鮮でたまらなかった。
 しばらく歩き、エレベーターに乗ると彼は一番上のボタンを押し
た。身体に重さを感じながら上昇していき、目的の階にエレベー
ターが止まり扉が開くと、高所独特の心地よい風が吹いた。先程歩
いていた廊下よりも、広い間隔でドアが並んでおり、これだけでも
それぞれの部屋の広さをうかがえた。

 彼は胸ポケットからカード取り出し、それをドアにかざした後、
ノブ付近に指を当てると、カチっと音が鳴り、彼が引くとゆっくり
とドアが開いた。
 慣れていないような手つきで、電灯のスイッチを探り当て、数秒
のうちに玄関の明りが灯ると、その先は少し廊下になり、またドア
が見える。

 無言のまま玄関で靴を脱ぎいで廊下を歩き、ドア開けると、自動
的に明りが点き広々としたリビングが目の前に広がる。
 彼女達がいた施設の部屋よりも倍以上はあり、家具の類は一式
揃っているようだったが、壁にはとくに何も飾られておらず、殺風
景と言った方が良い程だった。

「ここが、今日から三人で住む家だ。」

 彼の単調で低い声が、この部屋に良く似合うなっと勝手に思って
しまう。

「ねぇヒロユキさん、ここにずっと住んでいたんですか?」

 天子は小走りにリビングの中央まで向かい、両手を広げながら、
部屋全体に響き渡る軽快な声で彼に聞いてみた。

「いや、今朝君たちを迎えに行く前に、案内されてキーを貰っただ
けだ。」

 そう言いながら、彼はネクタイを緩め、着ていた上着を脱いで、
近くのソファに腰を降ろすと、軽く息を吐いた。どうやらようやく
緊張から解放されたのだろう。

「じゃぁ、あんたも今日が初めてってこと?」

 天子とは対照的に大子はドアの付近から動こうとせずに、荷物を
床に置いて、腕組をしながら訊ねてきた。その立ち姿は凛としてい
てさまになっている。

「そうだ。」

 先程から感情を抑えているのか、性格なのかわからないが、声に
抑揚がない。私達二人のご機嫌を伺おうとも、従えようともしてい
ないのだろう。
 辺りを見回すと、確かに生活感と言ったものが感じられない、
どうやら施設側で提供されたのだろう。それでさっきからの不慣れ
な動作にも納得がいく。
 などと考えていると彼がこっちだと言うので、二人で向かうと、
リビングのドアとは違い、小洒落た綺麗な花の彫刻が施されていた
ドアがあった。

「ここが君たちの部屋だ。」

 ゆっくりと開くドアの向こうは、すでに光が照らされていて、広
さは二人では申し分ない程だ。
 真ん中に大きなベッドが1つ、壁の両脇にはそれぞれ机や洋服箪
笥が置かれていた。

「わぁ、綺麗ねぇ!」

 天子がまた小走りになり、左側に置いてある机や箪笥をキラキラ
とした目で眺めている。

「何も無いだけでしょ?」

 大子はふぅっと息を吐きながら、ゆっくり反対側の方へ向かうが、
それでも少しだけ笑みを浮かべ、そっと自分の机に触れていた。

「荷物の整理は後にしてくれ、残りの部屋を案内する。」

 言い終わるより先に、こちらに背を向け、リビングの方へ歩いて
行く、とりあえず持っていた物を机の上に置き、彼の後を付いて回
る事にした。
 っと言っても、残るはお風呂場とトイレ、キッチンが見当たらな
いと思ったら、リビングから少し隠れるように配置されており、入
口のドアからは真っすぐ見えないようになっていた。
 しかし、どこも必要最低限の物しか置かれていない、食器も確認
してみたが、どれも白く、色どりのよい物は一切置かれていなかっ
た。 そして、最後に私達の部屋の向かいにある所が彼の部屋であ
ると教えられた。
 そのドアにも彫刻が施されていたが、私達のドアよりは、少しだ
け簡潔だか、力強さを感じさせる剣が彫られていた。

「部屋の中見せて下さいよ ヒロユキさん!」

 教えただけで、その場から去ろうとした彼を天子が彼の右腕を掴
み、ここに来て一番の笑みと眩しい程の笑顔を彼に向ける。

「だめだ。」

 数秒もそれに耐えらなかったのか、視線を反対方向へ逸らすが、
よく見ると少しだけ彼の耳が赤くなっている。

「なによ?もう見られたら困るもんでもあるの?」

 大子はその視線の先で待ちかまえていたようで、片頬を少しあげ、
意地悪な事を思いついたような笑みを見せた。
 私達の間に、挟まれるような形になった彼は、はぁっと溜息をつ
き、力が入りっぱなしだった肩の力がようやく抜け、観念したようにボソリと言った。

「……荷物を整理していない……」

 そのたった一言だけだった。
 しかし、先程よりも耳の赤見は増し、頬も少しだけ赤くなってい
る。その表情を見て、二人は顔を見合わせると、どちらかたともな
く大笑いをしてしまった。

「し……しんじょうさん、たったそれだけで?」

 愛くるしく笑い
  腹を抱えながら笑い
 目が潤んで拭うほど笑う
 
     天子
 
  そんな彼女の姿を見るのは初めてだった。

「ははは、悪かったな新城、早く片付けて女の子入れるようにしな
いとな。」

 大きな声で笑い
  冗談を交えて笑い
  人を励ましながら笑う
 
      大子
         
  そんな彼女の姿は見た事もなかった。

 私達に笑われていた彼は、負けていられないと言う風に、勢い良
く顔を上げ、先程までの威厳を取り戻すように、少しだけ声を張り
上げたが、まだ顔は赤いままだ。

「夜も遅い、寝るぞ。君たちはそっちで寝てくれ。」

 さぁさぁと急くように、私達の背中を軽く押しながら、花が彫ら
れたドアの方へ向かう。
 その手は、私達の手よりも大きくて、堅く力強い。

「ヒロユキさんは?一緒に寝ないの?」

 ドアの前に着くと、天子は振り返り、少し悲しげな表情浮かべて
聞いてみるが…

「当然でしょ?ほら私達だけで寝るのよ天子。」

 彼の返事を聞く前に、大子はドアを開け、さっさと中へ入ろうと
するが、その顔は何か照れ臭そうだった。
 勢いよくドアを閉めるが、数秒と経たないうちにもう一度開け、
まだそのままぽかんと立っている彼に向け、今日最後の挨拶をした。

「「おやすみなさい!」」

 バン!っとドアは閉まり、その音の響きが止むと、先程までの賑
やかさが嘘だったように、しんと静まりかえる。
 どうやら防音効果もしっかりしているらしい。などとどうても良
い事を考えながら、ソファにかけていたスーツを拾い上げ、自分の
部屋へ向かう。

 シンプルに彫刻された剣を指でそっと撫で、今日起こった出来事
を色々と思い返しながら、後ろにある花の彫刻のドアを眺める。

「おやすみ、二人とも」

 

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