Enpty Vessel  第二話

 

 

 真夜中……だろう
 新城は浅い眠りの中で微かな違和感を感じていた
 微かにどこかで嗅いだ事があるけれど
 記憶の中ではとても希薄な匂い
  それは決して心地よい匂いではないと言う事も覚えてはいる
  だが……何の匂いだったろう……
 思いだそうとするが
    思考の力は弱く
        再び
            眠りの中に
                   落ちて
                           行った
                                ……

 

 朝日がこんなに快適と感じるのはこれが初めてかもしれない。
 勿論、朝日を浴びるのは初めてではないし、この時間帯に寝る事
もあったのだが。いつもは気だるく重い身体が、不思議と軽く、爽
快感さえ感じている。
 彼女の方を向くと視線が合い、言葉を交わさなくても、お互いに
同じ事を感じているんだと思い、しばしベットの上で、互いを眺め
ながら、この新しい感覚を分かち合った。

 時刻を見ると、まだ早い時間ではあるが、小腹も空いたので、
さっそく着慣れた洋服に着替え、二人でキッチンの方へ向かった。
 昨夜もざっと見てみたが、調理器具は一通り揃っているらしい。
調味料もあるし、食材もそこそこ揃っている。
 しかし、考えてみれば知識はあれど、本格的に作った事はあまり
ない事に気づく。施設の中では決められた食事が主だったし、数回
の実習があったくらいのものだ。
 それは二人共同じで、少し戸惑っているとお互い分かったが、何
事もやってみようと声をあげ包丁を握った。

 新城は目が覚めると、昨夜の不思議な匂いの事など忘れていた。
変わりに漂ってきたのは、食欲をそそる良い香りと、小気味よく鳴
り続ける、料理をしていると思われる音だった。
 散らばった資料や荷物を払いのけながら起きあがり、脱ぎ捨てた
スーツのシワを少しだけならし、身なりを整えキッチンへ向かう。
 まだ住みなれない部屋ではあるが、この懐かしい音が、少しだけ
居心地を良くしてくれているようだった。
 リビングを通り、キッチンの方を見ると、そこには天子と大子が
息の合った動きで、素早く材料を刻み、華麗に鍋を操り、鮮やかに
料理を盛り付けしている姿があった。

「あ、ヒロユキさん!おはようございます。」

 満面の笑みで、こちらを向いた天子は、白のYシャツに膝まであ
る黒のスカートをはいている。

「おはよう、寝過ぎじゃない?」

 反対に無愛想に注意をしてきた大子は、黒のYシャツに白のズボ
ンをはいており、二人とも地味な服装だった。
 しかし、なるだけなら自分が作らなければならないと思っていた
のに、初日から彼女達に作らせてしまうとは情けない。

「すまない……俺が……」

 自責の念に駆られ口を開いた瞬間、大子が振りむき、大きなプ
レートを持ってこっちへやってきた。
 その上には、三人分の料理が作られており、とても自分が作って
も、こうはいかないと思えるほどの出来栄えだった。

「なんか言った?ほら出来たよ。」

呆気に取られているこちらを、どうだと言わんばかりの表情を浮か
べながら、大子は横を通りテーブルの上に、料理を綺麗にセットし
ていく。

「さぁヒロユキさんもどうぞ。」

先程と変わらない笑顔を見せている天子の腕の中には、大きな籠一
杯にパンが入っており、料理の残り香と相まって、とても食欲をそ
そられる。

 三人で座るには丁度いい大きさのテーブル、昨夜までは何一つ物
が置かれておらず、寂しいばかりだったが、今は籠から溢れんばか
りのパンと、大きな皿に綺麗に盛り付けらた朝食が置かれている。それを見ると、少しずつこの部屋で一緒に暮らしていくのだなと実
感が沸いてくる。

 食べようと思い、いつもの癖で両手を合わせると、二人がじっと
こちらと見ていた。

「どうした?」

「その……施設では習ったんですけど……実際やったことなくて、
どんな感じなのかなぁって。」
   
「ふん、ただ食べる前に言うだけでしょ? それで味が変わるわけ
でもないし。」
 
 施設から貰った資料の通りだった。彼女達は生まれてからほとん
どの生活を、あの施設で過ごしていたらしい。
 日常生活や一般教養などは一定以上に教えられており、今回も自
分が依頼された仕事は、彼女達がそれらの教えを忠実に実行できて
いるかの、モニタリングであった。
 しかし、彼女達の出生や細かな成長記録だけは、何も教えられて
いない。何故、ただの社員である自分に、こんな仕事がやってきた
のかはわからないが、多額の報酬と、こんな立派な所に住めるのだ
から、二つ返事で了承したのだった。
 自分の気持ちをリセットするためと、彼女達が合わせやすいよう
に、ふぅっと一つ息を吐き、両手を合わせる。

「さぁ、二人とも」
 
 それぞれを見ると、既に二人とも手を合わせてはいたが、天子は
こちらを見ており、また好奇心に満ちた眼でこちらを見ている。
 
「こう、ですよね。」

 天子と反対側に座っている大子はこちらを見ようともせず、眼を
つぶりながら手を合わせていた。

「いいんだよ天子、さぁ新城早くして。」

 やれやれっと思いながら、せぇのと一声かけ3人のタイミングを
合わせてやる。

「「「いただきます。」」」

 各自黙々と箸を進めて行くが、ある程度食が進んだ所で二人の手
が止まり、息を合わせたわけでもないのだろうが、自然と声が重る。

「「美味しい」」

「美味しいです。ヒロユキさん!」
「・・・ふん、少しはね。」

 どうやら、天子は感情を素直に表すが、大子の方は、あまり表に
出さないらしい。
 ただ、施設では教わったけど、やった事がないっというのも引っ
かかる事ではある。
 色々と考える事はあるが、とりあえずこれから先の話をしなけれ
ば、仕事にならない。
 食事も終わり、二人が片付けだすのを制止し、これからの事を伝
える事にした。

「二人とも聞いてくれ。」

 二人ともなんだろう?っという顔でこちらを見ている。
 人と話す機会がないわけではないが、面と向かって話す事は昔か
ら少し苦手だった。
  ましてや目の前にいるのは施設の方から、厳重に取り扱ってくれ
と言われている少女二人なだけに、気を損ねたくはない。
 一つ咳払いをしてから、二人の方へ視線を戻し、話を始めた。

「今日から、学校へ通ってもらう。そのための制服と、必要な道具
はもう揃えてある。」
 
 突然伝えられた事に、きょとんとした表情を見せる二人。
 天子がそのままの顔で聞いてきた。

「私達学校へ行けるの?」

「あぁそうだ、手続きは済んでるから。」

「それで?制服は!?」

 意外に大子の方が驚きの声をあげ、一歩二歩とこちらに近づいて
くる。リビングにある大きな箱の中と告げると、二人は一目散にそ
の箱へ飛びつき、中を漁りだした。
 何かを見つけたのだろう、揃って歓喜の声上げ、そのまま自室へ
と向かい、ドアを閉める前に「開けないで」と言われた。
  おとぎ話でもあるいし……

 数分後、着替えて出てきた二人は、襟が薄い水色に白いラインが
はいった制服を着ており、スカートも薄い水色だった。

「ねぇ!どうですか!?ヒロユキさん!!」
「こんなの誰が着ても一緒でしょ?」

 相変わらず2人の会話に温度差はあるものの、素直に喜んでいる
ようだった。

「あぁ、似あってる。」

 先程までの地味な服装を見ていたせいもあるが、こういうちゃん
とした服を着れば、それなりに可愛く見える。

 天子は、嬉しさのあまりに走り回ったり、色々とポーズを決めて
はどう?っと聞いてきたが、大子の方は、部屋からでてきたまま腕
組をしながら立っており、少し冷静な口調で聞いてきたが、頬は少
しだけ赤い。

「で?いつから登校?」

「今日からだ。」

「「今日!?」」

 また2人の声がそろった。
  確かに驚くだろう、時刻を確認すると、登校時間まで三十分を
切っている。どうやら悠長に朝食を食べていたらしい。

「時間だ、必要な物はとりあえずカバンに入ってるから、それを
持って行くぞ。」
 
「はぁい!」
「ちょっと待ちなさいよ!!」

 上着を羽織ながら、戸締りを確認し、書類の詰まったカバンと車
のキーを持って玄関へ向かう。2人はちゃんと用意出来ており、3
人で玄関を出た。
 そのまま駐車場まで一緒に歩くが、朝も早いからだろうか、自分
達以外に足音どころか、物音もしない。
 薄気味悪さも感じながら、車に乗り込みエンジンをかける。低い
エンジン音を響かせ、ゆっくりと発進させる。大きな道路に出たと
ころでアクセルを踏み、回転数をあげて排気量を増やし、目的の場
所へ向かう。

 車内では、天子がアレコレと質問をしてきて、その都度驚きと感
動の表情を見せたが、反対に大子は、ジッと自分の座った窓の外を
眺めたまま時々、気になる事を聞いてくるだけだった。それでも言
葉の端端から喜んでる事は感じ取れた。

 残り数百メートル進めば学校が見えてくる角で車を止めて、二人
を降ろし見送る。

「じゃあ、終わり頃ここに迎えに来る。」

「はい!」
「わぁかったって…」

 まだ出会って一日もたっていないが、少しだけこの二人の事が分
かってきた気がする。

「いってらっしゃい。」

 っと当たり前の言葉をかけても、驚く二人の顔もなかなか新鮮で
面白い。
 そして、同じように二人で見つめ合ったあと、感情の表し方が違
えど、思っている事は同じなんだと言う事も。

   真っすぐこちらを向いて、元気に笑顔を見せる天子

「行ってきます。」

   目線は合わせないが、少しだけ頬と耳が赤い大子

「行ってきます…」

 そんな二人を見送り車に戻ってエンジンをかけ、ゆっくりと車を
走らせた。何故かハンドルを握る手がいつもより力がこもり、アク
セルを踏む力も強くなり、速度があがって行く。
 慌ててスピードを緩め安全を確認するためにみたバックミラーに
  は、顔がほころんでいる自分の顔が写っていた。

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