迷い猫

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12月の東京
珍しく雪がちらついた日
一つの小さな命が終わった日
一人の心ない言葉

一つの小さな怨念
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12月の東京は珍しく雪が降り、
巨大なビル群は白く化粧され、
人々はそれを眺める暇もなく、
足早に仕事場へと歩いていた。

そんなビル群の一角に俺が働いていた飲食店はある。
八階建てで六階までが客室、かなりの座席数がある。
当然朝早くから、仕込みをしなければ追い付かず。
毎朝が戦場とかしているのだが、この日だけは違った。

仕込みに追われながら、一つずつ仕事をこなしていると、
なにやら仕込みの喧騒に混じり
店長とS先輩とのやり取りが聞こえてくる。
「…なぁSよぉ、早ぉ準備せぇや」
「嫌ですってそんなの気持ち悪い。」

店長の声はやや怒気をおび、S先輩はごねている
ようにも聞こえたが、
そんな事にはおかまいなしに、
俺は自分の仕事に奔走したが、
暫くすると遠くから店長が俺の事を呼びつけた。

「お〜い!タケ!でかい袋二つ持ってこいやぁ!」

一瞬何をするのかと考えたが、それより動いた方が早い。

「店長、持ってきましたけど?何するんですか?仕込みもありますしぃ…」
「えぇから!すぐ済むし、後ゴム手袋もな!ちょっと、ついてこい。」

こちらの質問を意に介さずに、店長は足早に厨房から外へ出たので、
俺もそれに付き従うように外にでると、
厨房の熱気とは逆で小雪がちらつき、厚手の外套を着ている人が多い。
裏口から外へ出て、どこへ行くのかと思っていたら、
すぐ隣ののビルだった。

「店長?いったい何処にいくんっすかぁ?」
「ここでえぇんや、ほれ、それ拾ってやれ。」

唐突に返された答えに戸惑いながら、
店長が指差す先を見ると、そこにはビルとビルの間に、
子ネコが一匹横たわっていた。

「・・・さっきS先輩ともめていたことって・・・」
「せや、あんのチビ、気持ち悪いとかぬかしやがって。」

そりゃ俺だって気分がいいものじゃないが、しぶしぶ金網を上り、
俺の体の幅ギリギリの隙間に横たわっている子どネコをそっと拾いあげた。
その体はすでに硬直しいて、冷たくなっていた。
この寒空 いったいどれだけの時間、
一人でここにいたのか、そう思うと、少しだけ目が潤んだ。

 

やはりその日も忙しく、
予約で席はすでに満席、今朝のことなど忘れてしまう程の忙しさだった
しかし、夜も深け忙しさも薄れるにつれ、あのときの感触が蘇ってくる。
可愛そうな話なのだが、遺体は袋にしまい、
ごみ箱の中へと入れてしまっていた。
ちょうど外へ行ったとき、パートのおばちゃんに話をすると、
どうやらそのネコの事を知っているらしく
供養にとキャットフードと線香の変わりにお香を炊いてあげ、
二人で冥福を祈る事にした。

店の賑やかさは消え、
今は片付けの音だけが静かに聞こえるだけ、
時刻は22時 まだまだ外を歩く人の数は減らない、
むしろ増加している。
大きなごみ袋を持ち、ごみ捨て場へ向かうと、
そこにS先輩が着替えをすませて立っていた。

「お疲れ様です。お出かけですか?」

多少の皮肉を込めた言い方だったが、どうやら通じなかったらしく、
薄笑いを浮かべ。

「おぉ 彼女と飯食いにな。」

少しだけ、腹が立つ。

「あっ先輩、朝の猫の件、知ってたんですか?」
「んん?知ってたけど気持ち悪くてな、
 店長も、いちいち俺に言わんでいいのに。」

それは遠まわしにお前の仕事だろ!
っと言われてるみたいでさらに腹がたつ。

「俺が拾ってあげて、一応そこにいますから、
 最後に手ぇぐらい あわせてあげてくださいよ。」

そういった俺の顔を怪訝そうな顔で眺めて
・・・いや俺より小さいから見上げての方が正しいか。

「ばっかじゃねぇの?ネコくらいで!
 手ぇ合わせた所でなんもねぇだろ!!」
 
そう吐き捨ててS先輩は待ち合わせをしていた
彼女と人込みの中へと消えていった。
その顔は悲しみの欠片も無い笑顔だった。

さらに1時間半かけて、片付けを済まし、簡単な晩飯を作り、
この建物の中で唯一安堵できる、自分の部屋へ帰ってきた。
冷蔵庫をあけ、常備している牛乳で喉を潤す。
すると、廊下で

・・・ トタッ ・・・

っと何かが落ちる音がした。
はっきりいってこの時間帯に寮にいるのは俺くらいしかいない。
なぜならここの防音効果は無いに等しいので、誰かが動くとすぐにわかる。
この自信だけは絶対にあった。
だから、余計に気になる。
今まで聴いたことの無い"音"だった。
ドアを開け、廊下を覗くが特に何も落ちていないし
他の人達が帰っている様子は無く、耳をすませても
聞こえるのは深夜にもかかわらず、外で騒いでいる、
酔払い達の声だけ・・・
空耳かと自分に言い聞かせて
ドアを閉め晩飯にありつこうとした瞬間、

廊下を歩く足音がはっきりと聞こえ俺の部屋の前で止まると同時に、
ドアが勢いよく開かれた。
そこには先ほどまでの笑顔が嘘のように消え
狼狽した表情のS先輩が立っていた。

「ど・・・どうしたんですか?お早いお帰りで。」
内心何かミスをしたか?
と動揺しながらS先輩に尋ねると。

「ちょ・・・タケ!お前・・・これ見てみろ!」

勢いよく俺の部屋の中へ入りながら
差し出したのは折りたたみ式の携帯電話で、
開かれたディスプレイを見てみると、
どうやら携帯カメラで撮影した画像らしく、
よく見るとS先輩の部屋にある、でかい窓だと気付いた。

「こぉれ・・・先輩の部屋ですよね?これがなにか?」
「馬鹿!時刻見てみろ!」

そういわれ撮影した自刻を見ると・・・

22:30

「えっ・・・先輩だってこの時間は・・・」
「そうだよ!有得ないんだよ!」
「ですよね!?だってこの時間は先輩が」
「おれが」
「「飯を食いに外にでていた時間」」

 

さすがの俺も動揺した。
いや、昔からこういう類のモノは嫌いだったし
あまり経験が無かったからだ。
それでも目の前に現れた現象、
有得ないモノは確実に俺の鼓動を早めていた。

22:30

つまり俺がごみ捨て場でS先輩と別れて30分後
悪戯目的でS先輩がこっそり帰ってきて撮影したとも考えたが
無理だ!何故ならこの建物が1階から上の階に行くには、
階段が二箇所とエレベータが一機のみ
これらにいくまでも出入り口は1箇所だけ、
ごみ捨て場の裏口のみなのだから。
(表はお客様用で従業員は使わない。)
その時間俺は裏口の掃除をし各階のチェックをしていた。
つまり、誰かがどこの通路を使おうと、必ず気づくはずだ。

今度はゆっくりと落ちついて、画面に注目してみる。
背景っというより全体的に暗く映し出されている。
基本的には窓といっても、隣はビルなので
晴れの日でもそんなに光量は期待できないのだが、
何故か窓が全体的に白く発光しているようだ。

「あれ?先輩の窓って・・・こんなにまぶしくなりましたっけ?」
「いいや、さっき試しに撮影してみたけど、
 下半分はそうなるけど、上半分は薄く暗くなる、それに・・・」
「それに?」

口をバクバクとコイのようにしている姿は、話の内容とは別で滑稽だったが、
次の先輩の一言をきいて俺も同じようになってしまった。

「撮れないんだよ、そのアングルで、どうやっても。」

よくみると確かに窓の位置が高い気がする。
いくら小さい先輩とはいえここまで高くはならないだろう
何か・・・そう・・・下から見上げるような・・・
ここで話をしても埒が明かないので先輩の部屋へ行く事にした。

    俺の真上にある部屋

ドアを開けると、確かに先輩の言ったとおり、
窓は下半分は外の明かりで白くなっているが
上にいくほど薄く暗くなっている。
画像のように全体的白く発光もしていない。

「いいか見てろ。」

そういうとS先輩はドアを閉め、おもむろに床に座りこむ。
部屋は暗い。そして、折りたたみ式の携帯で窓を撮り始める。
「ほら見ろ!全然高さが合わない!」
たしかにそこに写しだされた画像は、
先程と窓の光具合も違えば高さも違う。

「先輩もっと低くじゃないですか?」

俺も一緒に床に座り、二人でどんどん携帯の位置を下げていく。
それでもまだ高い、
するとS先輩床にぐぐっと両手を伸ばし始める・・・

どこか見たことのある仕草

            どんどん低く

つい最近見た事のある格好

            もっと低く

なんだったか・・・

「お、タケここだ!この角度だ。」

スッとそのディスプレイを覗き込むと確かに角度は同じ。
ただそれを見てようやく気がづくと同時に、
体中の毛が逆立つような恐怖に襲われた。

「せ・・・先輩その姿・・・まるで・・・ネコみたいですよ。」

そうようやく思い出した。
その角度はネコが横たわって見上げた角度に近い。
S先輩の姿もまるで・・・
今朝見たネコのように横たわっていた。

            震える声

「その姿・・・朝の子猫と同じです・・・」

            早まる鼓動

「えっ・・・お前なに言って・・・」

            止まる事のない恐れ

不思議な静寂

外は人込みでごったがえしているのに

客引きの声も

酔払いの声も

パチンコ屋の音すら聞こえない

完全な静寂

 

そこへ

 

ただ一つだけ

 

聞こえた音

 


・・・・・・・・・ニヤァ・・・・・・・・・

 


経験したことが無い恐怖に襲われるも、
はっと我に返り聞こえたであろうドアの方を振り向き、
慌ててドアをあけるが、

廊下にはナニモイナイ ナニモキコエナイ

急いで明りを点け、S先輩の方をむくと
その表情は困惑と畏怖が混じった表情をしていた。

その晩、S先輩は彼女と一緒に寝たという。
この不思議な出来事はそれだけで終わった。
とくにS先輩に何かが起こったという事ないが、
この後、少しだけ俺に不可思議な事が起こるようになる。

この出来事で俺はこういう類のモノが存在すると、
確信しやはり供養というものは、大事だという事を胸に刻み。
子猫の冥福を祈った。

 

 

〜後書き〜

この作品は99%の真実です。
残りの1%は俺の記憶が曖昧なので
フィクションです。
これは、数年前に東京で働いていた時の実話で
他にも何回か変な事がありました。
その事を書くかどうかは不明www
これを酒の席で喋ると
案外怖がられます♪
個人的な統計的に
動物>人 が怖がる確率が高いです。
(何んのことだよw)
それでは、最後までお読み下さって
ありがとうございました。

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