無自覚

 

 

 

 日中の暑さや、体育館の熱気に比べたら夜の野外なんて涼しいも
のだ。だがこうして人を待っている間は嫌でも身体が昼間の暑さを
思い出してしまう。
 周りでは自分以外の人間があちらこちらで楽しそうな顔をして通
り過ぎて行き、後方では屋台の人達が発する軽快な掛け声とともに、
旨そうな匂いが漂えば、否が応でも苛々は募ってくる。
  青峰は黒のタンクトップに紺色のハーフパンツにサンダル履きと
言うラフな格好で、鳥居の下で人を待っていた。
  全中を二連覇して、残り僅かとなった夏休みをゆっくり寝て過ご
そうとしていたのに、昼間にさつきからの電話で叩き起こされたの
だった。
 
「近くでお祭りやってるから青峰君も行こうよ。テツナちゃんも誘うから。」

 面倒くさいの一点張りで逃れようとしたが、口の上手さとそのし
つこさに観念し、今こうして雑踏の中を一人で待ってるわけだが。
 
「おせぇ……」

 すでに待ち合わせの時間は過ぎている、にも関わらず二人の姿は見えな……
 
「桃井さんは来れなくなったそうです。」

     !!??
         
 誰もいないと思っていた隣から突然声が聞こえてくれば、誰でも
反対の方向へ飛び上がるだろう?
  危うく人にぶつかりそうになったが、すんでで踏みとどまり、声
がした方をキっと睨む。

「テツナ……いつからそこにいた?」

「私はずっとここにいました。」

 顔はこちら向いているが、視線はこちらに合わせようとせずに明
後日の方を見ながらテツナは、はぁっ溜息をつきながらそう答えた
が、ずっと……っと言う言葉に違和感がある。いくら影の薄いコイ
ツでもそんな長時間……
 
「この鳥居の裏で、ですけど。」

「それを早く言よ!ってか居たらな言えよ!!」

 この手の驚きはテツナといると日常茶飯事だったが、さすがに待
ち合わせをしているのに、声を掛けないと言うのは意味が判らない。
 
「……その……どうですか?」

「あ!?」

 さっきから視線を合わせないテツナは、いつものようにボーっと
立っているわけではなく、どこか余所余所しい感じはするが……ど
うだと言われても、髪の毛はいつもの無造作に垂らしているのとは
違い、前髪は左右対称になるように整えられ、後ろ髪はアップにし
お団子状に止めてある。
  着ている浴衣も、淡い水色の浴衣で足元に描かれている華が少し
だけテツナを大人びて見せ、帯もそれを邪魔しないように控えめな
青色だが……それがどうした?
 
「馬子にも衣装……っか?」

「……帰ります……」

 ぷいっと背を向けて、そのまま人混みを逆走するテツナを先回り
して、フェイスガード並みに近い距離で、進むとした進路を塞いだ。
 
「な……なんですか……」

 眼前にあったテツナの顔がフっと身体ごと後ずさる。その時よう
やく視線が交錯したが、何故かテツナの顔はいつもより少しだけ赤
くなっているようにも見えた。
  さて、咄嗟に止めたいいが、掛ける言葉が上手く出てこない。こ
ういう時……黄瀬なら上手い言い回しでもできるんだろうが……そ
んなまどろっこしい事は性に合わないし、やりたくもない。
 
「……似あってるじゃねぇか。」

                   これだけでいいだろう?

「そう……ですか」

 一瞬ほんの少しだけ眼が見開いた様に見えたが、すぐさまテツナ
は後ろを振り向き、今度は鳥居の方へと歩き始め、人混みの中へ紛
れ込みながらこちらをニヤリと見た。
   
「何をしてるんです?女の子を一人にして。」

「あ!?待てこの!!」

 忘れていた暑さの不快感を思い出し、人混みを器用に擦り抜けて
行くテツナの後を追うが、通行人が邪魔で余計にイラつく……緑間
なら冷静に切り抜けるんだろうが……そんな器用な事できるか!
 強引に人混みを掻き分けながら、テツナの後を追うが、小柄な上
にあの影の薄さだ。見失わないようにしても……限界があった。
 
「くっそ、どこいきやがった。」

 乱れた息を整えるために露店の間に作られたスペースに身体を滑
り込ませる。コートを走り回るくらいなら訳は無いが、人混みを掻
き分けながら集中してテツナを探すのは思ったよりも骨が折れる。
 左右の露店を見ると左がたこ焼き屋で右がチョコバナナの店らし
く、左の方からはジュージューと軽快に焼き上がっていく音、ソー
スと青ノリの香ばしい匂いが漂ってく……
 
「遅かったですね。」

     !?!?

「いましたよ?さっきから。」

 こちらが驚き訊ねるよりも先にテツナはそう答えた。本当に……
どうやったらそんなに上手く気配がせるんだよ。
  乱れた息を整えるようにスーっと深呼吸をしながらテツナの方を
見るが、ジっとこちらを見つめ何か言いたげな様子だ。
 
「何か食べますか?」

 クッっと僅かに横に首を傾けながら聞いてきたテツナの表情はい
つもと変わらないようにも見えたが、どことなく楽しそうにも見え
る。しかし、何を食べると聞かれてもこれだけ良い匂いがしてるん
だから当然……
 
「よし、たこ焼き食」

「イヤです、チョコバナナにして下さい。」

 こちらが言い終えるよりも先に却下しやがった……じゃあ聞くな
よ!っと言おうとテツナ睨むが、それ以上にジっとこちらを見つめ
る眼は試合中相手選手を見るよりも険しく力強いもので、一向に視
線を外そうとしない。
 こういう時の頑固さは仲間内でも一番と分かっているし、言い争
うのも時間の無駄と観念してチョコバナナを買うために人混みの中
へ戻ることにした。
 
「ほらよ」

「一本だけですか?」

「俺はいらねぇよ。」

「そう……ですか……」

 買ってきたのにテツナは喜ぶどころか、少しばかり目線を下に落
とし、少し躊躇しながらチョコバナナをその小さな口で一口パクっ
と食べた。
  この人混みの中を食べながら歩くのには気が引けたので、ボーっ
と夜空に光る月を眺めながら、食べ終えるのを待っていると。
 
「青峰君も……食べますか?」

 スッと差し出された手には半分ほど食べられたチョコバナナが握
られていた。紫原なら何の抵抗もなく喜んで食べるんだろうが……
そんな卑しい真似ができるか。
 
「いらねぇよ、お前に買ったんだ全部食えよ。」

「……わかりました。」

 今度はさっきよりも顔を伏せながらチマチマとチョコバナナを食
べ始め、その姿はリスか何かの小動物が餌を一生懸命に食べる姿と
ダブリ、一人面白くなった。
 黙って待っていると、色々と考える事になるが、思ったら何で俺
はこんなことをしてるんだ?そもそもさつきがいないのに、テツナ
と二人でいるなんて……
 
「さっ食べましたよ。次どこ行きます?」

 思ったよりも早く食べ終えたテツナは、見た目は変わらないが、
若干張りきっているようにも見える。
  どこへと聞かれても、興味を惹かれるものが特に無いのだが……
 
「じゃあ、こっちです。」

 そう言うなり、グイっとタンクトップの裾を引っ張りながら、そ
の小柄な身体を生かして人混みの中をスイスイと泳ぐように歩いて
行く。
  なるほど、これなら楽に歩けるし誰にも気付かれずに進めるだろ
うが……引っ張られているこっちは、その歩幅に合わせながら人を
避けたり掻き分けたりぶつかったり……

      ……余計に疲れる……
 
「着きましたよ。」

 ようやく人混みをを抜けると、いくらか人がまばらな場所に着き、
前を見るとそこはこの祭りが行われている神社があり、順次人がお
参りをしている。
 
「お参りするのを忘れてましたね。」

      お参りを……するものなのか?
 
「はい、どうぞ」

      差し出された手には五円玉が一枚
 
「いるか!自分で出す!」

      自分の財布の中から五円玉を一枚取り……無い

「はぁ……無いんでしょう?はい」

「ちっ……」

 やれやれと言わんばかりに眉をひそめてズイっと五円玉を差し出
され、しかたなく手に置かれていた五円玉をつまんで取り上げた。
 
「……ありがとうよ……」
 
  一応の礼を告げ、そのまま無造作に賽銭箱へ投げいれる。
 
       ガッ!……チャリーーーーン……
 
「あ!待って下さいよ!」

 それに続くようにテツナも浴衣の袖を少しだけまくりながら、手
を賽銭箱の方へグッと伸ばしながら、優しく放り投げた。
 
          チャリーン……
 
  そうして大きな鈴から伸びた鈴緒の一番下をテツナがしっかりと
握り、その少し上を俺が掴みガランガランと成り響かせる。
  そして、神頼みなんてしたことがないので、テツナがやる方法を
チラリと横目で見ながらその真似をしながら、一応……何か拝んで
おいた。
 
「さっ行きましょう。」

 俺よりも幾許か長く願い事をしていたみたいだが、何を願ったんだか……
  そんな事を考えながら、元の人混みへ戻ろうとすると、神社の外
に立てられた簡易テントにいたばあさんが、こちらを見ながら手招
きしている。
   
「さぁ、お神酒を一杯どうだい。」

 なんとも人懐っこそうな笑顔だが、お神酒って酒……だよな?

「すいません。私達未成年なもので。」

 テツナも同じことを考えていたらしく、ペコリと頭を下げて、丁
重に断る。全くコイツのこういう素直な部分は見習い……

「おや?そうかいあんまり立派だからカップルかと思ったよ。」

      あ!?

     何て言った?
      俺と?
           
          テツナが?
           
      カップルだぁ!?

 突然のばあさんの発言に、何を考えていたかポーンと飛んで消え、
テツナもあたふたと手を振っては何かを言いたそうだが、全てが
「あの」や「その」っと言葉になっていない……赤司の野郎な
ら……わけのわからない言葉を並べて圧倒するんだろが……そんな
変な事はしたくない。
 
「いくぞ、テツナ」

「あ、待って下さい。」

 先程とは反対に、俺がテツナの袖を引っ張りながらその場を去ろ
うとすると、テツナはばあさんに向かって「ありがとうございま
す。」っと言っている最中だった。
 
       なにがありがとうだ
 
  まだ人でごった返している中を逆走しながら、グイグイと人混み
を押しのけて進んでいく。

「あ……青峰……君?」

      わけが判らない
       テツナと一緒にいることも
       途中であいつらの事を思い出すことも
       あんなばあさんに言われた一言で
       
            ごちゃごちゃになってる自分の頭も
 
 
          全部 
                 
               わからない
 
 
  進んで進んで、人の波が収まってきたために、辺りをを見渡すと、
最初いた鳥居の前だった。夢中に歩いて気付かなかったが、後ろか
らは乱れた呼吸ようと必死に呼吸する音が聞こえ、バッと振りかえ
ると、今にも膝をつきそうに上体をかがめながら呼吸を整えようと
しているテツナがいた。
 
「はぁっはぁっ……青峰君……やっぱり……歩くの早いですね・・・…」

「すまん、大丈夫か?」

「えぇ……なんとか」

 よく見れば、自分の手はいつからかわからないが、浴衣の裾を
握ってはおらず、変わりにテツナが俺のタンクトップの端を、さっ
きよりもしっかりとギュゥっと握っていた。
 
「あっ!すいません。こうでもしないと付いて行く自信がなかった
もので……」

 慌てて手を離すテツナだが、その部分はもう伸びきってしわく
ちゃどころの話ではない……がこれくらいなんてことはない。
  時間を確認すると、思っていたよりも遅い時間になっている。さ
すがにこれ以上遅くまでいて先生にバレると後が面倒だ……
 
「テツナ、家あっちだったか?」

「は!?……はい……」

「おし 帰るぞ。」

「え?えぇ……」

 まだ静まらない祭りの賑わいに背を向けて、一歩一歩ゆっくりと
テツナの歩幅に合わせながら歩いて行く。
  人の熱気も消え失せ、吹いてくる風も少しばかり涼しげなのに、
不思議と自分の内側から熱が発散され……熱い……
 
 
 
  カラン
 
  こうして静かな所を歩いていると
 
                            コロン
 
  テツナが掃いていた小さな下駄の音が良く聞こえる
 
               カラン
 
  何だか疲れた一日だった
 
       コロン
 
  結局何をした訳でもなく
 
           カラァン
 
  テツナと二人で歩いたくらいっか
 
                 コロォン
 
  チョコバナナ……食べておけばよかったか?
 
       カラァァン
 
  って何考えたんだ俺は!??
 
            コロォォン
 
  あのばあさんも、何がカップルだ……

     カラァァァン
 
           ん?
 
                 コロォォ……
 
 
 
 
 
 
 
 
  気付くとそこはテツナの家付近にある交差点。確かこれを右に曲
がれば……そいうえばテツナの姿が見えない。
  さっきまで隣にいたはずだし、小気味よく響いていた下駄の音も
いつの間にか聞こえない。
 
「テツナ!?」

 慌てて振り返ろうとしたその視界に入って映ったのは、大きな華。
その鮮やかさに身体の動きが一瞬止まり、その瞬間背後からキュっ
と白く細い腕を腰元に巻きつかせながら、抱きついてきたテツナの
小ささは思ってた以上だった。
 
 
  不思議と静まり返った夜の道で、聞こえてくるのは自分の心音と
 
 
「今日は楽しかったです……」


 浴衣越しに 微かだがハッキリと伝わるテツナの心音

 
「ありがとう……ございました。」

 小さくも優しく力の込もった声が耳の奥へ響くと、その余韻を楽
しむ間もなく、ふぅっと消えたテツナの気配を追うように、振りか
えり、周囲を見渡すが……テツナの姿はどこにも……
 
            カラン

「おやすみなさい!」

 声がする方を見ると、いつのまにかテツナは自分の家へ向かう道
に立って、滅多に見せる事の無い柔らかな笑顔をこちらへ向けていた。
 
            コロン


 その笑顔に、言葉では返事をできずただ右手を上げるだけ

 小走りに家路を急ぐテツナの背中を見ながら

 頭の中では、今日の事がグルグルと駆け巡り
 

      イライラが募る
     

 


「くっそ……バスケしてぇ……」

 

 

 

〜あとがき的ななにか〜

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