慕って想って含んで妬いて

 

 

紅乱   闘神から分かれた片割れの存在 男性
     闘う・喰う・寝るが好きで、言葉は理解できるが、
          無口で興味がない事には見向きもしない。
         
斬月      闘神から別れた片割れの存在 男性
     紅乱とは対照的に、人の世で生活しているので
          社交的で多弁
          たまに、イラっとさせる発言もある。
         
ノークィ 亜人種女性(植人族)
     闘神の森で決められた周りで小動物達の
          住処を作ったり、花を育てている。
          紅乱に密かに思いを寄せている。

ローチェ 亜人種女性(獣人族犬科)
     ノークィの友人で自由気まま楽しい事が大好き娘
          しかし力加減が下手でよくノークィに怒られている。
         

 

 

 陽光が森の緑を優しく照らす
 流れてくる風は実に心地良く
 サワサワと全身を撫でる気持ち良さに
  ふぁっと大きな欠伸をしてしまう。
 
  周りの木々よりもいくらか高い樹の上で、ローチェは器用に、自
分の身体よりも少しばかり細い枝の上で、のんびりと過ごしていた。
  ここ、闘神の森では食物連鎖による狩猟や捕食はあれど、外敵か
らの理不尽な乱獲がないので、比較的動物達や、亜人種である人魚
や自分の様な獣人にとっては、とても過ごしやすい場所であった。
 プラプラと尻尾をゆっくりと揺らしながらまどろんでいると、遠
くの方で微かな闘いの気配を感じ、耳をピョコンと立て音を探るた
めに忙しなく動かす。
割と大きな力を感じたので、身体を起こし、スルスルと樹の天辺ま
で昇り、その気配がした方をジィっと睨むように見つめる。
  一面緑の絨毯の一部が、微かに揺らめいているのが見えた。地鳴
りも咆哮もしないが、自分の身にピシっと当たってくる微かな気配
に覚えがあり、全身の毛が僅かに逆立ち、嬉しさのあまりに鼓動が
早まる。
  その気持ちそのままに、勢い良く樹を駆け降り、木々や枝を足場
に飛び跳ねながら、一直線に気配がする方へと向かう。
  近づくにつれて、その気配がますます強くなり、無意識のうちに、
身体中の筋肉が強張っていくが、それを好奇心によって無理矢理抑
え込み、しなかやさを保ちながら奔る。
 そうして、ギリギリ闘いの境界線上で、スゥっと速度を落とし先
程とは反対に筋肉を緩め、ゆっくりと音を消しながら、近づいて行
き、こちらの姿が見えないように、葉の多い枝の中に隠れて、そっ
と覗くように様子を伺う。
  そこには熊のように大きな大トカゲが器用に二本足で立ちながら、
長い尻尾を相手目掛けて必死に振り回している姿があった。
  対峙しているのは、長く伸びた黒髪に、濃紺の古びた着流し、時
折見える引締った筋肉、それを躍動させながら大トカゲの攻撃を
かわし、黄金に輝く瞳は眩いほどの輝いて見えた。
 
  紅乱
 
  彼がいつからここにいて、何の目的があるのかは知らないが、こ
の森が存在した時から根城にし、たまに外界に出ては、ふらっと
戻ってくる事と、友達のノークィが熱を上げているが、それに酷く
無関心と言うくらいしか、紅乱の事を知らなかった。
                ……ノークィには残念だが……
  紅乱は執拗に振り回してくる尻尾を容易く交わし続け、大トカゲ
の動きが一瞬鈍くなった隙を見逃さず、振り抜けられた尻尾を交わ
すと同時にガッシと両腕で掴み、ズルズルと大トカゲを引っ張って
いく。
  すると、突然大トカゲの尻尾が根元からブチンと音を立てて切り
離される。反動で紅乱は地面に尻持ちをつき、大トカゲはその隙を
逃さず、あっという間に深い森の中へと逃げて去ってしまった。

「はっはっは、残念だったな紅乱。」

 尻持ちをついたまま、ボーっとしていた紅乱に近づく一人の男、
顔立ちは紅乱とそっくりだが、黒髪は紅乱よりも短く首元くらいま
でしかない。服装もおそらく人間が着ているであろう、普通の服だった。

 斬月
 
 紅乱の双子の片割……なんだろうか、基本的な匂いや感じる雰囲
気は同じなのだが、紅乱とは反対に表情豊かで多弁である。
 だが、一番違うのが、何事にも純粋な感じがする紅乱と比べると、
どこか心の内で何かが蠢いていると感じることであった。
  そんな事を考えながら、二人を眺めていると、ふいに斬月が顔を
少しあげ、こちらのほうをジーっと見ている。
 
      え?バレてる!?

 これでも狩りをする時の気配の消し方は一族の中でも上手い方で
自信はあった。それだけに斬月が一点にこちらを見ている事に動揺
してしまう。
 視線を合わせぬように少し頭を下げ、紅乱の方を見ると、彼も同
じくこちらの方をあの輝く瞳でジーットこちらを見つめながら、両
足でしっかりと地面を踏みしめ、今にも飛び掛りそうな体勢をとっ
ていた。
 
      まずい、降りなきゃ!!

 そう考えた一瞬の隙に、紅乱の姿は消え、ガサガサ!っと枝を折
る音とともに、彼の大きな手が眼前に伸びてきた。
  寸前のところで交わすが、そのままバランスを崩し、枝の上から
見事に落下。先ほどの紅乱同様に尻餅をついてしまうが、痛がって
る暇は無くバッっと自分が落ちてきた方向を向くと、枝葉を折りな
がら紅乱が一直線に降下してくる。
  そのまま振り下ろされた右の拳が、自分の左頬ギリギリの空を打
ち抜き、地面を穿つ。
 
      危機一髪……かな?
 
  ん?っというような表情を見せた紅乱からは、先ほどまでの攻撃
的な気配は感じ取られず、代わりに……
 
「やぁ、紅乱ちゃん。こんにちわ。」

 少しだけ残念な表情を浮かべならが、ゆっくりと拳を地中から引
き抜く姿に、なるだけ明るく笑顔で声を掛けることしかできない。

      ……さすがに闘っては勝目が無いもの……
 
「あれ?君は確か……」
「ども、斬月ちゃん。おひさしぶりぃ!」

 多少ワザとらしくても、明るく振舞っておかなければ、情けなく
縮こまっている尻尾を隠せなかった。それだけに、あの一瞬に垣間
見た紅乱の気迫はすさまじいものだったのだ。
 
「ローチェちゃんだったね。いつも彼女といるんじゃないんだ。」
「はは、出来ればいたいけど、あそこには獲物があんまり近寄らないから。」

 彼女と言うのは、友達のノークィのことで、獣人の自分とは違う
植人種である。移動範囲が極端に狭く、自分の領域内で木々や植物
を育てることで、小動物や虫たちが住みやすい場所を作っていた。
  そこは、大きな捕食者が嫌う匂いのする花や植物も育っているた
めに、自分が食べるような獲物が近づかないのが、少しだけ残念で
はあるのだが……
 
「…………」

 斬月と話をしていると、後ろからの視線を感じて振り向くと、そ
こには無表情でジィっとこちらを見ている紅乱がいた。どうかした
のかと思ったのだが……表情からは読めないが、微かな匂いを嗅い
でとれる……
 
       なんだろう?この匂いは
 
 どこかで嗅いだ匂いに近いのだが、よく思い出せない。だがこの
手の匂いを紅乱から香ってくるのが以外だった。もっとよく嗅ごう
と近づいた時、紅乱と斬月両方の緊張が高まるのを察知し自分もそ
れに続き周囲の変化に神経を研ぎ澄ませ、再び耳を忙しなく動かす。
  木々が揺れる気配はするが、風のせいでは無い、何か巨大なもの
が這って歩き、地を振動させているのだろう……そして、その気配
は一匹ではなかった。
 
「これってひょっとして……」
「そうかもね。」

 斬月も同じ事を思っているに違いない。紅乱は変わらず無表情の
まま、右手に大トカゲの尻尾を掴み、じっと一点の方向を見つめて
動こうとはしない。
  どんどんと数が増えていく気配は、自分たちの周囲をぐるりと囲
うように広がっていく。
  そして、紅乱が見つめていた林の中から先ほどの大トカゲよりも
二周りは大きいトカゲが、ニョキリと首を伸ばしながら、こちらへ
這い出ると、その巨体を雄々しく持ちあげ、奇声に近い雄叫びを上
げた。
  それを合図に、周囲の林から大トカゲの群れが這いよりながら自
分たちの周りを取り囲み、漂っていた気配が、殺気と言うはっきり
とした塊となって、重くのしかかる。
 
「どうする斬月ちゃん?こいつらしつこいよぉ。」
「やっても大丈夫なんだけど……さすがに……」

 この数を相手に冷や汗一つかかずに、斬月は困った表情を浮かべ
ながら、ポリポリと頭を掻く。視線の先には紅乱が、自分が今まで
見たことがないくらいに、嬉々とした表情と、再び輝き出した双眸
がそこにはあった。
 
「絶滅させるのはまずいよなぁ……」

 なにやら斬月が物騒な事を言い出したが、今はこの場をどうやっ
て切り抜けるかだ。
 
「ねぇローチェちゃん……ノークィちゃんのいるところはどっちの
方角かな?」
「へ?」

 いきなり言われ戸惑うも、嗅ぎ慣れた匂いを探し出すには、そん
なに時は必要なく、おおよその距離もわかった。
 
「あっち、あの一番デカイやつの方向、急いで走ればそんなに時間
はかからないよ。」
「わかった、じゃあ合図したら真っ直ぐ走り抜けよう。」
「は?真っ直ぐって!?」

 こちらの驚きなど意に介していないようで、深く前傾姿勢をとり
始めた斬月、その全身にうっすらと何かが漂いだし、普段の飄々と
した姿からは想像がつかない。
 なにより驚いたのが……斬月の眼がさっき紅乱が見せたような眼
と同じように見えたからだ。
 
「3」
「あ!ちょっと紅乱ちゃんは!?」
「2」
「どうしよう!」
「1」
「あぁ!もう!!」
「ゼロ!」

 合図の言葉を聞き取るよりも先に、斬月は地面が破裂するほどに
踏み込み加速、そのまま紅乱を抱きかかえるように持ち上げ、一直
線に一番大きなオオトカゲの脇をすり抜けようとしている。
  その加速力に呆気にとられないように、全身の筋肉に力を込めな
がら、しなやかさを忘れず……獲物を最高速度で狩る時と同じよう
に走り大トカゲの脇をすり抜けた。
 
「へぇ……やるねぇ。」
「斬月ちゃんもね!」

 後ろの方からは、オオトカゲ達の奇声と木々が折れる音が聞こえ
てきたが、一度突き放すように加速してしまえば、こちらのものだ。
 が、奴らはしつこい、とりあえず一日こちらの匂いを嗅がなけれ
ば、明日からは追ってこないだろうっと、オオトカゲの特徴を思い
出しながら、木々を傷つけないように、身をかわしスルスルと走り
続け、一直線にノークィの領域へと急ぐ。
 
「紅乱ちゃん持とうか?」
「いや、平気だっよ!?」

 速いといっても、こちらよりも走る速さの遅い斬月の手伝いをし
ようと申し出たが、それを断る斬月に、抱きかかえられていた紅乱
が後頭部に肘打ちお見舞いする。
 
「降ろせ」
「ローチェちゃん、後どれくらい?」
「えっと、このまま真っ直ぐ10分くらい……」

 一瞬よろけるも、すぐさま体勢を立て直し走り続ける斬月だが、
その間にも紅乱が激しく暴れている。
 
「痛いって紅乱……ふぅ……どれ急ごうか。」

 何が面白いのか、斬月は薄っすらと笑みを浮かべながら、紅乱と
同じ黄金の眼に僅かに力が込められたように見えた。
  そして、暴れる紅乱を担いでいると思えない速度で加速、そのま
ま走り抜けて行く。
 
 「……わぁお……」
 
 その速度はおそらく自分の最高速度に匹敵する程の速さだった。
うすうす彼ら双子が、他の種族と違うとは思ってはいたが……今の
もその片鱗なのだろうか。
  っとここまで考えてかぶりをふった。そんなことを考えるより、
もう豆粒大になった斬月の背中を追いかけるように、負けじと加速
して森の中を駆け抜ける。

      ……走りで負けちゃあ一族の名が廃る!……
 
 
 
 
 
 ノークィはいつものように、自分が育てた木に巣を作った鳥達や、
木の実を食べにくる小動物達と戯れていた。
  植人の自分には何を喋っているのかは正確には理解できない。そ
れでも長年宿木になって、食事を与えていると、なんとなくこの子
達が思っている事がわかってくる。
  楽しかったり 悲しかったり 小さな変化だが、それを見ている
とこちらまで一喜一憂し、この子達のためになろうと励みになる。
  勿論ローチェとの出会いにも感謝をしているし、なによりたまに
訪れてくれるあの人と……
  少し思いふけっていると、一羽の鳥が巣へと戻ってきたが、なに
か様子がおかしい、驚きというよりも嬉しいのだろう。その一匹か
ら徐々にその感情が伝わり、木の実を食べていた小動物たちにも伝
わった……
 彼らがこのように感情を広げていく理由は知っている
  そう……彼が帰ってきたのだろう……
  自分の鼓動が早くなっていくのを抑えるように大きく深呼吸をし
て、現れるその時を待つ。
  遠くの方で、微かに木が揺れる音が聞こえたと思いきや、どんど
んその音が大きくなり、森の中から二つの影が飛び出した。
 
「やっほー!ノークィ!」

 いつものように愛くるしい笑顔をこちらに向けるローチェが、片
手を振りながら、空を飛び、華麗に着地したのに大して、もう一つ
の影は…………!?
 
「こんにちわはノークィちゃん お邪魔するね。」

 着地に失敗したのか腹ばいに倒れながらも、笑みを見せている斬
月の上に、彼は憮然とした表情でそっぽを向いている。
 
「あ……あの、お帰りなさい!……こ……紅乱さん……」

 声を貼り上げようとするが、緊張のせいで息が抜け、いつものよ
うに小声になってしまった。だが聞こえたのか、紅乱は不貞腐れた
表情のまま、こちらを向いてくれたが……その顔をまともに見れな
く俯いてしまう。

      ……せっかく紅乱さんが来てくれたのに……
 
「ごめんねぇ 突然。」

      どうしよう 何て声を掛けよう
 
「やぁ、あっちの方でオオトカゲに囲まれてさぁ。」

      あぁ……もう、せっかくなのに……
 
「あいつらが諦めるまでここに……」

      そうだ、木の実も沢山なってるし、それに蜜も……
 
「聞いてる?ノークィ」
「へっ!?何が!?……」

 いつのまに近づいてきたのか、ローチェが不思議そうな顔でこち
らを見ている……そういえばさっきから何かを話していたようだ
が……何の話だったのだろうか?
 
「ふぅん……よしよし!頑張りな!」

 何をどう満足したのか、溢れんばかりの笑顔のまま、ローチェは
わしゃわしゃと頭を撫で回し、満足した表情で離れると、入れ違い
に今度は紅乱の顔が目の前にあった。
 
「……お腹減った……」

 ジッと見つめてくる紅乱の目は金色に輝いてとても綺麗だ……た
だ前回の反省を生かして、食べられそうになる前に頑張らないとい
けない。
  グッと気持ちに力を込めて、ざわざわと周囲の蔦や花を操る。そ
の花一つ一つの蜜を大きな立て長の花の中へ入れて混ぜ合わせ、し
ずしずと紅乱へ差し出す。
 
「ど……どうぞ!これを飲んでくださいぃ!!」

 今度は声が上ずってしまったが、そんな事を気にしている暇は無
い。紅乱は差し出された花を茎の部分から切り離し、躊躇すること
無く見ているほうが気持ちがいいほどに一気に飲み干した。
 
「……もっと……」

 蜜が空となった花をこちらに向けた紅乱の顔は先ほどよりはいく
らか柔和になり、それを察したのか周りで様子を伺っていた鳥達や
小動物達も楽しげに集まりだす。紅乱の周りを嬉しそうに飛んだり
跳ねたり、その光景と紅乱の言葉に胸が高鳴る。
 
「はい!!」

 同じように蔦を操りながら先ほどの蜜を集めていく、それと一緒
に、別の木々を操り、大小色とりどりの木の実を大きな葉に集めて
紅乱の側へ運んでいく。
  すると紅乱はその一粒を取り上げ、私の大きな花弁にごろんと身
体を預け横になるとパクリと口に含み、ジっと空を眺め始めた……
 
「あの……紅乱さん……その……おいしいですか?」

 カリカリと小気味良い音をしながら、こちらの問いに答えるよう
に視線を合わせてくる。今度は逃げずに身体も心も堪えて返事を待つ。
 
「……うん……」

 聞こえるか聞こえないかの返事だったが、今の自分にはそれだけ
で十分だ。自分の側で安らいでいる紅乱と柔らかな陽の光、そして、
賑やかな鳥や小動物に囲まれたこの時間が……とても幸せな時間なのだから……

 

 

 

 

 花と動物に囲まれた二人を遠巻きに眺めていると、自然と自慢の
尻尾もパタパタと元気よく振れる。

「ご機嫌だね。」

 服についた汚れを手で払い落としながら、斬月がやれやれといっ
た表情でこちらへ歩いてきたが、どこか楽しそうでもある。

「それは勿論!あの子には少しでも楽しい事をしてもらいたいからね。」

 自由に跳ね回る獣人と違って、ノークィはそれほど早くも大きく
も移動できない。もともと社交的では無い性格も加えてか、最初に
会った時もろくに会話できなかったのだから。
 
「そうだ!さっきの加速!あれどうやったの斬月ちゃん!?」

 微かに訪れた懐かしさを振り払うように、大トカゲ達から逃げた
時の、斬月の加速の秘密へと話題を変える。

      ……しんみりするのは苦手だ……
 
  人のようでいて、人ではない彼ら、亜人種でもないければ、竜族
や鬼族とも違う。自分が知らない種族なのか、それともまったくの
別物なのか、紅乱がノークィと一緒にまどろんでるこの時間がが、
自分の疑問を晴らす好機と考え、ズイっと斬月へ身体を寄せる。
 
「あれは"氣"の力と使ったんだよ。」

 躊躇いも余計な言い回しもせずに、片頬を上げながら斬月はその
力の話を淡々とし始めた。
 
「”氣”は自然界の中にあるものなら皆持ってるんだよ。訓練で高
める事もできるし、自然界から少しずつ貰って一時的に高める事も
出来る。」

 そう言いながら、斬月はこちらに右手をゆっくりと伸ばし、手の
ひらを上にすると、その表面がさっき加速した時と同じように、何
かが纏わり、手の表面が陽炎のように揺らめいて見える。
 
「この”氣”をコントロールすることで、さっきみたいに早く走れ
るし、岩を砕く事もできる。怪我をしたときは回復にも使える優れ
ものなんだよ。」

 言い終わると、右手をギュっと握り、力を拡散させたのか、もう
何も感じ取ることはできず、変わりにどこか勝ち誇ったような顔を
している。
 
「でも、紅乱には敵わないけどね。内に持つ力から制御まで、全部
俺より強いさ。」

 一転……表情は変わらないが、僅かに金色の眼に淀みが生まれた
  視線の先には ノークィの花弁でくつろいでいる紅乱
  この眼は……そうだ……同優れた同属を見たときの……
 
  好機だ
         一歩
  野生の感がそう告げる
         さらに踏みこみ 
  昔からから抱えていた疑問
       お互いの匂いが嗅げる程近く
  それを聞きたい
       踏みこむ
   
「それで……あなた達は何者なの?……」

 一陣の風が木々を揺らす
  突然の接近と質問に頭だけを小さく引く斬月
 
「君たちの長からは何も聞いてない?」

 あきらかにこちらが『知っている』と思って聞いている顔だ
  なにより……匂う
 
「長は……ケンタウロス族から何かを聞いたようだけど、私達には
『この森の主』としか言わなかった。」

 獲物を狙う時のように眼に力を込め、曇った金色の眼を見据える
 
「"主"っか……そんな大それた者じゃぁないよ。……俺はね。」

      匂う       
           
「でも君たちの長がそう言うなら、そうでもいいよ。俺にとっても、
紅乱にとっても身体を休める最適な場所だし、いわば巣だかね。」

      匂う
           
「あぁ!もうハッキリしないな!斬月ちゃんは!」

 一転、のらりくらりと言葉をかわず斬月への苛立ちを抑える事が
できず、その場で跳躍し、足を斬月の腰の辺りに絡め、両手で腕を
掴み、そのまま地面へと押し倒し、お互いの距離は拳が埋まる程し
かない。
 
       秘め事の匂い
 
「さぁハッキリした答えを聞かせてよ!斬月ちゃん!?」

 さすがの斬月も、この奇襲には面喰っ……てない
 
「いきなりとは酷いなぁ、ローチェちゃんは、せめて人気の無い所
で、お願いしたいな。」

 何を言うかと思ったら……こいつは……
 
「もう!そうじゃなくて!斬月ちゃんと紅乱ちゃんは!」

 そこまで言い掛けて。背中に冷たいモノを感じた
 
  ……これは……強者に狙われている?ノークィの領域で?
 
  バっと振りむき視線の先を確認するが……何もいない
  微かな音を探る様に耳を立てるが異音は聞こえない
  それでも刺さり続ける視線に鼓動が高鳴る
  全感覚を研ぎ澄まし、強者を捕えようとぐるりと見回すが……
 
  いない
 
  落ちけ 
 
  今この場にいるモノを数える
 
  鳥達
 
  小動物 
 
  自分の下にいる斬月 
 
  それにノークィと……
 
            匂う
  紅乱
           
                 匂う
 
  横になって空を見ていたはずの紅乱だが、よく見ると、視線だけ
こちらを突き刺すように睨んでいる……
  その迫力は、大型獣以上だが、同時に視線を感じてから強く漂う
香りも、紅乱から漂っているとわかった。
  それは、最初会った時に感じた匂い
  あの時は思い出せなかったが……今は思い出した。
 
                匂うね
                               
 確信から身の安全を察知、そして一つ悪戯を思いついた。
 
 
  ……ノークィには後で謝らないといけなくなるだろうが……
 
 
 
  「どうしたの?」
 
  眼下にいる斬月の顔が……片頬を上げながら笑い、淀んでいた眼
には悪戯心さえ伺える。
      ……なら……何かあっても大丈夫なんだろうね?

 「何でもないよ斬月ちゃん。それよりぃ、私達も楽しい事しま
しょうかぁ。」
 
 自分に出来る精一杯の甘い声を、背筋がムズ痒くなるのを我慢し
ながら、紅乱に聞こえるように言い放つ。
  そうして、斬月の腹筋に手を当て、じっくりと喉元まで指を這わ
せると、背中に当たる視線が強くなり、匂いもだんだん濃くなってきた。
 
「ね!どうせならあっちいってお肉でも食べない。」

 尻尾を千切れんばかりに振りながら、お互いの身体を重ね合い、
顔が鼻に当たりそうになる寸前まで近づける……すると斬月の唇が
小さく動く。
 
「……もうそれくらいにしておいたほうがいいよ?……」

      ……どういう…………!?
 
  ザワ……
  全身の毛が逆立つ
  確認している暇などない
  感じた殺気と反対方向に飛び跳ね
  急所を守るために咄嗟に防御姿勢
  ……をとった腕に激しい痛みが走る
 
  自分の跳躍もあったが、その一撃の威力と相まって、かなりの距
離を飛ぶ、途中空中で一回転し速度を弱め、追撃に備えた体勢で着
地。すぐさま顔を上げ追撃を警戒するために顔を上げる。すと……
自分が居た場所であろう斬月の側に紅乱が仁王立ちしてこちらを睨
んでいた。
 
「……やりすぎちゃったかな?……」

 両手に走る痛みのおかげで、いくらか冷静に考える事ができたが
やはり……度が過ぎたようだ。
 
「紅乱!いきなりはヒドっ!!」

 斬月が立ち上がり何かを叫んだようだが、言葉の途中に紅乱は容
赦なくその顔へ振り向きざまに右拳を叩き突ける。
  肉と肉がぶつかる激しい音とノークィの軽い悲鳴が響き、先程ま
で戯れていた鳥や小動物達は、巻き添えにならないように一斉に非
難している。

「危ないなぁ……少しは落ちつ!!!」

 右拳の一撃を左手で受け止め防御はしていたが、落ちつかせよう
とした瞬間、今度は左の中段蹴りが獣人の私ですら霞んで見える程
の速さで斬月の脇腹に刺さる。
  おそらく私が吹っ飛ばされたものと同じような威力なのだだろう
が……斬月はその場から動かず堪え止まる。
  少しずつ近づきながら、眼を凝らし二人の身体を良く見ると、ぼ
んやりと"氣"が纏われているのがわかった。
  その二人の間へ割って入ろうと、ノークィがゆっくりと自身の幹
を動かしながら近づいて行く、その手には以前渡した小さな葉の包
みと木で作られた筒状の物を持っている。
 
「あの……これよかったら……」

 まだ気持ちの高ぶりが治まっていない紅乱に、ノークィは……
きっと精一杯の勇気を持ってそれらを渡そうとしているのだろう。 その表情は今にも泣きそうだが、頑張って笑みを作ろうとしている。
 ノークィの姿をじぃっと見つめた紅乱は軽く頭を下げたようにも
見えたが、はっきりとわからない。そして、それらを受け取ると無
表情に、真っすぐノークィの領域から抜け、森の中へ消えて行く。
 
「紅乱!もう……じゃあまたねノークィちゃん、ローチェちゃん!!」

 対照的すぎる程に斬月は、満面の笑みを浮かべながら手を振り、
紅乱の後を追うように森へ入って行った。
 
  その瞬間こちらを見て片目をつぶって見せた……
 
  刹那の喧騒を和らげるように、ふわりと優しい風が吹く。すると
避難していた鳥や小動物達が自分の巣へと戻り、私もゆっくりノー
クィの元へ近づく。
  ノークィの視線は二人が出て行った方を見つめ続けていた。
 
「……そのぉ……ごめん!ノークィ!この通り!!」

 大げさに両手を広げ、そのまま地面に突っ伏す、いつだった
か……斬月が紅乱にしていた姿勢だ。
 
「もう……ローチェちゃん顔上げて?」

 怒られると覚悟をしていたが、その予想は外れ、ノークィの声は
いつものように優しいままだ。
 
「ノークィ……ぃ!?」

 安心し顔を上げ、抱きつこうとしたが……そこにはわなわなと身
体を震わせ、自慢の育てた木はその怒りを表しているかのように蠢
いていた。
 
       ……これはやばい?……
 
「もう!何をしたのよ!」
「いや!何ともうされましてももも……」

 こんなに感情を爆発させたノークィを見たことがない、それだけ
紅乱の事を想っているのだろうけど……あの様子じゃぁ……
 
「せっかく……せっかく……ワーン!!」
「ま!落ちついてノークィ!!」

 怒りから悲しみへ、感情の波が昂り木々もそれにつられるように
激しく動く、鳥や動物達はせっかく安全と思って戻ってきたのに、
再び危険と判断し、全速力で逃げて行く。これは私も……
 
「もう知らない!」

 その怒気が引き金となり、毒々しい大きな華が破裂音を響かせ、
紫色の花粉を大量にまき散らした。
 
      ……あれは確か天敵避けの……臭!!
 
「ワーーーーーン!!」

 あまりの臭さにその場に倒れ……次第に意識が遠のき……ノー
クィの泣き声が遠のき小さくなっていく……
 
 ……からかうのは……ほどほ……ど…………に……
 

 

 

 


 深い深い森の中で……緑の色とは対照的な色が辺り一面を染めて
いた。無残に散らばる塊の中から大きな尻尾を一つ掴み上げ、染
まっていない岩場を見つけ腰掛け、そのままガブりと噛んで肉を引
きちぎるように喰う。
 
「紅乱!……あぁやっちゃったか……」

 無視を決め込み、ガツガツと残りを喰いづつける。
 
「……さっきはなんであんなに怒ったの?」

 …………
 
 振りむきながら手に持っていた尻尾を投げつける。斬月が交わし
た隙に距離を詰め、素早く拳と叩きこむ。
 
「おっとぉ……で?どうしたの?」

 にこりと笑う顔……昔と変わらない笑顔……
 
「ん?紅乱?」

 思わずぎゅっと斬月の身体へ手を回す……何故かは知らないが、
こうすることで、頭のもやもやが少し晴れる……気がするからだ……
 
「……さっきのは妬いたのかな?……」

 …………はぁ…………
 
「ん?……!!」

 すっと抱きしめていた腕を解いた瞬間……とんと軽く斬月を突き
離す、そして全身に力を込めて、右拳を打ちぬく!防御が出来ない
速度で!!
 
 骨と骨がぶつかる音が響く
  派手に飛ばされた斬月は、そのまま太い樹へと叩きつけられた。
  加減はしていない、だが斬月はなんともなかったようにこちらを
向いていつもの笑顔を見せる。
 
「ごめんよ、紅乱」
 
 
 
 
 
「……しらない……」

 ぷいっと後ろを向き、腰に巻きつけておいた筒を取り外す。上部
が外せるようになっていて、それを外すと中にはキラキラと輝く蜜
が詰まっていた。
 それを慈しむようにコクリと一口だけ口に含み、しっかりと舌で
味わうと、複雑だが芯の通った甘さが身体を喜ばせ、飲み込む時の
多種な香りに全身の緊張が解かれる。


      ……     ……


「……おいしい……」

 

 

END

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